ヴァルと調律空間
定義
ヴァル は純正音程を特定のステップ数にマップする。ヴァルを複数使ってレギュラーテンペラメントのマッピングを定義する、つまりテンペラメントを定義することができる。ヴァルは ⟨a1 a2 a3 … ak] のように書かれ、ここで a1 a2 a3 … は最初の k 個の素数がマップされるステップ数をそれぞれ表す。これは純正律サブグループの基底を対象とする形に一般化できる。基底は線形独立である必要がある。
ランク-r テンペラメントは r 個のジェネレーターを持ち、r 行のヴァルで定義される。p-リミットの通常の座標系では、ジェネレーターの組み合わせで最初の k 個の素数を表現でき、ヴァルの組み合わせが各素数音程の座標(ジェネレーターを基底とする)を示す。例えば、5リミットのランク1テンペラメント(つまり平均律)は、⟨a b c] というヴァルで定義され、ここで a は 2/1 に到達するジェネレーターのステップ数、b は 3/1 に到達するジェネレーターのステップ数、c は 5/1 に到達するジェネレーターのステップ数である。5リミットのランク2テンペラメントは 2 行のヴァルで定義される: [⟨a1 b1 c1], ⟨a2 b2 c2]⟩。これで、2/1 が二次元座標 (a1, a2) 、これはモンゾのように書かれる場合もある: [a1 a2⟩、に位置づけられる。同様に 3/1 は [b1 b2⟩、5/1 は [c1 c2⟩ となる。
ミーントーンを例とする。これは 81/80 をテンパーアウトする。ミーントーンは5リミットのランク2テンペラメントと考えられ、2 行からなるマッピング [⟨1 1 0], ⟨0 1 4]⟩ で定義される。これで5リミットがミーントーンにどうマップされるかが完全にわかる。2/1 は [1 0⟩ にマップされ、2/1 と 1 番目のジェネレーター 1 個が一致していることがわかる。3/1 は [1 1⟩ にマップされ、1 番目のジェネレーター 1 個を取り去ると 3/2 と 2 番目のジェネレーター 1 個が一致していることがわかる。5/1 は [0 4⟩ にマップされ、3/2 を 4 個積み重ねた 81/16 と 5/1 (つまり 80/16) が一致させられていることがわかる。つまり 81/80 はテンパーアウトされている。このようにマッピングから 2 個のジェネレーターのおおよその大きさ、テンパーアウトされるコンマ、テンペラメントの複雑度(リミット内のすべての素数音程に到達するために必要な音程の数)を求めることができる。以上のように、ヴァルはレギュラーテンペラメントを記述するのにとてもコンパクトで有用な記法である。
オクターブ等価性を前提とすると、ジェネレーターの一つが 2/1 の場合それに対応するヴァル以外のヴァルが重要である(2/1 に対応するヴァルは、3/1 を 4 個積んだら 5/1 と何オクターブになるか? 3/2 を 4 個積んだら 5/4 と何オクターブになるか? のようにあまり意味を感じられない部分になる)。ミーントーンの本質的な性質は 2 行目の ⟨0 1 4] が握っている。
数学者向け定義
p-リミットのモンゾ M は自由アーベル群、あるいはℤ-加群となる。そのrankは π (p) 、つまり p までの素数の数となる。M の双対加群 M* がヴァルの群ということになるが、これは M の群同型であり同じrankの自由アーベル群となる。モンゾはケット記法で書かれることが多く、ヴァルはブラ記法で書かれる。個々のヴァルは、ℚ* つまり乗法の下での正の有理数、に対する有限rankの部分群(モンゾ)、から、加法の下での整数 ℤ (ステップ数またはジェネレーターの繰り返し数)、への準同型写像となる。モンゾがケット記法になっていれば普通の内積のように計算できる。 The number theorist Yves Hellegouarch seems to have been the first to write about them, under the name "degrees".
補足(次元解析方面から)
モンゾのアーベル群の双対がヴァルのアーベル群になるということだが、双対についてなじみがない場合は、ベクトルの共変性と反変性 の 概要 が参考になる。モンゾの各成分は「その素因数の重複度」であるのに対して、ヴァルの各成分は「素因数の重複度 1 あたりのステップ数」となり、重複度に関して逆の次元となっている。このことから、ヴァルとモンゾの内積を取ることが、モンゾの重複度を入力としてステップ数を出力とする関数(写像)であるとみなせることになる。
ヴァルとモンゾ
ヴァル V とモンゾ M が同じランクで、ブラケット記法で ⟨V|M⟩ (または V(M))と書くと、準同型写像 V を M に適用するという意味になる。例えば、V = ⟨12 19 28 34] かつ M = [-5 2 2 -1⟩ とした場合、⟨V|M⟩ = 12×(-5) + 19×2 + 28×2 - 34 = 0 となる。
これはセプティマル12平均律が V で表され、225/224 が M で表され、これが 0 ステップつまりユニゾンにマップされるということである。つまり 225/224 はセプティマル12平均律においてテンパーアウトされる。M は V のWikipedia:ja:零空間に含まれる。V に含まれる座標は素数音程 2, 3, 5, 7 それぞれのマップ先を示している。
モンゾをベクトル空間に埋め込み、ベクトル空間上の格子とすることで、様々なノルムをモンゾに定義できる。ケットベクトル空間のノルム ||M|| が与えられると、それに対するブラベクトル空間の双対ノルム ||V|| が定義され次式が成立する:
[math]\displaystyle \lvert \langle V|M \rangle \rvert \le \lVert V \rVert \lVert M \rVert [/math]
L1-ノルムの双対はL∞-ノルムとなり、Tenney音程空間の双対はTenney調律空間となる。モンゾのノルム空間への埋め込みは自動的に双対となるヴァルの埋め込み(ヴァルが格子点となる)を誘導する。L2-ノルムの双対はL2-ノルムであり、Tenney-ユークリッド音程空間の双対はTenney-ユークリッド調律空間となる。ヴァル V のユークリッドノルムは以下のようになる。(Tenney音程空間でやったスケーリングの逆を行ったうえでユークリッド距離を求める)
[math]\displaystyle \lVert V \rVert = \sqrt{\left(\frac{v_1}{\log_2(2)}\right)^2 + \left(\frac{v_2}{\log_2(3)}\right)^2 + \left(\frac{v_3}{\log_2(5)}\right)^2 + \ldots + \left(\frac{v_n}{\log_2(p)}\right)^2} [/math]
これはRMSに変換するのにも便利であり、その結果がTenney-Euclidean norm、あるいはTEノルムとなる。
調律空間という名前に反して、まともにチューニングといえるベクトルの領域は小さい。それはJust intonation pointの付近である。JIPを重み付き座標系で書くと J = ⟨1 1 1 … 1] となる(重み付き座標系でのモンゾは素因数ごとに分けたそれぞれを一律にlog2したものになるので、すべて足せば元の純正音程をlog2したものと一致する)。重みなし座標系では J = ⟨1 log2 (3) … log2 (p)] となる([math]\small \mathsf{oct}/𝗽[/math]の意味で書いた場合)。
例
7リミット31平均律のパテントヴァルは ⟨31 49 72 87] である。これは 31 ステップが 2/1 になり、約 49 ステップで 3/1 に、72 で 5/1 に、87 で 7/1 になることを示している。重み付き座標系では、
[math]\displaystyle \left\lt 31 \; \frac{49}{\log_2(3)} \; \frac{72}{\log_2(5)} \; \frac{87}{\log_2(7)}\right| %original was \lt 31 49/log2(3) 72/log2(5) 87/log2(7)|[/math]
となり、約 ⟨31.000 30.916 31.009 30.990]となる。ユークリッドノルムを計算すると sqrt (3838.694)、あるいは 61.957となる。RMS化するために sqrt (4) = 2 で割ると 30.976 となりこれがTEノルムとなる。重み付きヴァルの各項やTEノルムはEDOの分割数に近い値となることが期待される。